心臓血管外科の診療・活動内容
① どんな病気を治療しているの?
当科の主な診療対象疾患は、成人の心臓血管外科疾患であり、心臓弁膜疾患、虚血性心疾患、大動脈疾患(大動脈瘤、大動脈解離、外傷性大動脈損傷など)、末梢動脈疾患(末梢動脈瘤、閉塞性動脈硬化症、急性動脈閉塞症、動脈外傷など)を扱っています。
症例数はグラフに示すように増加傾向にあり、全ての分野をバランスよく治療しています。2019年には新しい主任部長が就任し、従来のステントグラフト内挿術といった大動脈疾患に対する低侵襲治療や大動脈弁狭窄症に対する径カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)に加え、僧帽弁形成術や大動脈弁置換術、冠動脈バイパス術や心房中隔欠損に対する右小開胸アプローチの低侵襲心臓手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery, 略してMICS(ミックス)と言っています)も開始しています。
これらの最先端の技術・手術手技を導入し低侵襲化を図ることにより、高齢者や脳血管障害、慢性閉塞性肺疾患、肝機能障害などの合併症を有するハイリスクの方々にも、適切な術中心筋保護や主要臓器保護、最先端の術後管理に加えて、低侵襲化を積極的に考慮し、安全性に重点を置いた最新の手術術式の選択を心がけています。
主要疾患
- 虚血性心疾患(狭心症,心筋梗塞,左室瘤,心室中隔穿孔,左室破裂,虚血性僧帽弁閉鎖不全症)
- 心臓弁膜症(大動脈弁狭窄症や閉鎖不全症、僧帽弁狭窄症や閉鎖不全症、および三尖弁疾患)
- 不整脈(心房細動)
- 大動脈瘤(胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤、大動脈解離、外傷性大動脈損傷)
- 末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症、急性動脈閉塞、血管外傷、他
② どんな検査が手術前は必要なの?
心臓血管外科の手術を安全に施行するためには、様々な術前の全身状態や心臓の機能等をチェックするための検査が必要になります。心臓内科をはじめとする院内各科と協力しながら、適切な評価を行っています。場合によっては入院して一気に検査を進める必要もあります。
主要検査
- (1)超音波検査:経胸壁心エコー、経食道心エコー、頸動脈エコー、末梢動脈エコー
- (2)CT検査(320列MDCT):胸腹部CT、下肢CTA、心臓CT
- (3)MRl/MRA検査:心臓MRI 頭部頚部MRI/MRA、下肢MRA
- (4)RI検査:心筋シンチグラム、肺血流/脳血流シンチグラム
- (5)造影検査:大動脈造影、冠動脈造影、心臓カテーテル検査
③ どのくらい治療しているの?
グラフに示すように、心臓血管外科全体では手術件数は増加傾向にあり、心臓弁膜疾患、虚血性心疾患、大動脈疾患(大動脈瘤、大動脈解離など)、末梢動脈疾患をバランスよく治療しており、全てに経験豊富です。
診療実績(2018年)
外来延受診者数約:4800名/年 (初診患者数200名/年)
年間入院患者数:約350名
年間手術数 約400件
開心術数 :約255件
ステントグラフト内挿術数 胸部54例,腹部58例/年
経カテーテル的大動脈弁移植術 57例/年
主要な疾患別手術件数の推移、および内訳は図の通りです。
④それぞれの病気に対する治療の特徴って?
ⓐ 冠動脈疾患
心臓に栄養を供給する冠動脈の狭窄部位の遠位側にバイパスを行う、冠動脈バイパス術が主な手術となります。心破裂や心室中隔穿孔、左心室瘤といった心筋梗塞合併症に対する手術も行っています。
冠動脈バイパス術では、人工心肺装置を用いない低侵襲心拍動下冠動脈バイパス手術(OPCAB)を第一選択としていますが、急性心筋梗塞症例や高度低左心機能症例、狭小冠動脈症例では、完全血行再建を優先して従来の心停止下CABGや人工心肺補助下の心拍動下手術も、個々の患者さんのリスク、全身状態、冠動脈の状態を総合的に考え、最適な手術方法を選択しています。両側内胸動脈、橈骨動脈などの動脈グラフトを駆使し、症例に応じて大伏在静脈を効果的に用いることにより、各患者様に応じた長期遠隔期成績の優れた確実な冠血行再建を心がけています。
また、当科の特色といたしましては、低侵襲心臓血管外科手術(MICS手術)の一環として、左小開胸によるオフポンプ冠動脈バイパス術も導入しており、循環器内科とのカテーテル治療との併用(ハイブリッド治療)も選択肢のひとつとしており、患者様の病態に適した、より低侵襲の血行再建も目指しています。
虚血性心筋症、虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対しても左室縮小形成術、心拍動下の僧帽弁形成術、不整脈手術や両心室ペーシングも加えた複合的外科治療も、心不全回避のため積極的に行っており、循環器内科との集学的心不全治療の重要な一翼を担っています。
左小開胸手術
バイパスグラフト造影
診療実績(2018年)
単独冠動脈バイパス術は36例で、人工心肺使用33例、非使用3例でした。他に心臓弁膜症および大動脈疾患と同時に行った冠動脈バイパス術が22例でした。
ⓑ 心臓弁膜症
近年のリウマチ性弁膜症の減少や高齢者の増加に伴い、弁の変性にともなう逆流性病変や動脈硬化にともなう大動脈弁狭窄症、あるいは感染性心内膜炎を起因とする弁膜症が主たる診療対象となっています。更に、術後の心機能の回復程度から見た手術至適時期に関する臨床研究や弁膜症手術の飛躍的な手術成績の向上により、術後のQOL向上を目指して比較的早期に外科治療が考慮されるようになっています。また、高齢者に対する弁膜症手術が増加していますが、当科ではこのような背景をもとに、年齢に関係なくご本人の体力、活動性に応じた術式を決定しています。
僧帽弁閉鎖不全症に対しては、心機能の悪化する前の比較的早期の僧帽弁形成術(人工弁を使用せず自分の弁を修復する手術)を第一選択とし、新しい術式を開発することにより前尖、後尖に関係なくあらゆる病変への対処が可能となり、合併する心房細動には最新の凍結アブレーションデバイスを使用したメイズ手術を積極的に併用して術後の抗凝固療法の回避を目指しています。大動脈弁疾患でも形成術に積極的に取り組んでおり、僧帽弁形成術だけでなく、大動脈弁手術後も、質の高い生活が過ごせるような治療方法が大切と考えています。また、大動脈弁疾患に対する有効弁口面積の大きい最新の人工弁使用も心がけ、術後の心機能の回復やQOLを考慮した術式選択しています。更に、僧帽弁や大動脈弁手術では、患者様の病態に応じて右小開胸の低侵襲心臓手術(MICS)も選択でき、更なる早期の社会復帰を目指しつつ美容面での配慮も行っており、低侵襲化や安全性に重点を置いた最新の手術術式の選択を心がけています。
また、経カテーテル的大動脈弁移植術(TAVI, Transcatheter Aortic Valve Implantation)も早くから取り入れ、積極的に施行しており、全ての選択肢の中から個々の状態に合わせた最適な治療法を提供できるように努めております
僧帽弁形成術
生体弁
TAVI
経大腿動脈アプローチ経心尖部アプローチ
診療実績(2018年)
心臓弁膜症は106例でした。人工弁置換術は、耐久性が向上している生体弁による置換術が増加しており、僧帽弁閉鎖不全症に対しては、僧帽弁形成術を積極的に行っており、2018年は10例に行いました。また慢性心房細動あるいは発作性心房細動を合併する症例に対してはできるだけMAZE手術あるいは肺静脈隔離術を同時に行うこととしています。弁膜症においては、経カテーテル的大動脈弁移植術(TAVI)が安定して施行できるようになり、2018年には57例に施行しました。
Ⓒ 大動脈疾患
胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤、大動脈解離などに対して、通常の人工血管置換術はもとより、ステントグラフト治療、さらには、両者の利点を活かしたハイブリッド治療など、多岐にわたる治療選択肢から、個々の患者さんに最善・最適な治療を提供しています。緊急症例も、出来る限りno refusal policy(断らない)をもって受け入れております。大動脈瘤の形態や全身状態に応じて、脳分離体外循環や循環停止法を駆使して弓部大動脈置換術にも積極的に取り組みつつ、積極的に低侵襲であるカテーテルによる胸部、腹部ステントグラフト治療も考慮し、人工血管置換術を選択する場合はより低侵襲に手術ができるように心がけています。
高齢者の弓部置換ではオープンステント法を用いることにより、出血のリスクや術後呼吸機能障害の軽減、反回神経麻痺の回避が可能となり、ハイリスクの患者様にも安全な治療を提供しています。また、急性大動脈解離に対しては、出血に強く再解離の少ない人工血管吻合法を用いた上行大動脈置換やオープンステントを用いた全弓部大動脈置換を行っており、術後遠隔期を見据えた外科治療を行っています。
ステントグラフト治療に関しては、1993年、旧府立病院時代に本邦初、世界初のステントグラフト治療を開始した一日の長があり、豊富な経験値のもと、質の高い治療を心がけております。胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療(TEVAR)では、ハイリスク遠位弓部大動脈瘤に対するdebranching TEVAR弓部大動脈置換後の下行大動脈遺残病変に対する二期的TEVARも積極的に行い、下行大動脈瘤に加えて遠位弓部大動脈瘤外科治療の飛躍的な低侵襲化が得られています。腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療(EVAR)も積極的に行っており、開腹手術を避けることにより、早期回復、早期退院が可能となっています。
また、緊急を要する合併症のあるB型大動脈解離、外傷性大動脈損傷にも迅速なステントグラフト治療で対応しております。
実績(2018年)
大動脈疾患
2018年は、胸部・胸腹部大動脈瘤(大動脈解離を含む)99例、腹部大動脈・腸骨動脈瘤68例と多数の手術を施行しました。大血管疾患においてはステントグラフトなど低侵襲治療を積極的に採用しており、2018年の胸部大動脈ステントグラフト留置は53例、腹部大動脈ステントグラフト留置は60例と増加しました。
胸部大動脈瘤に対するTEVAR
胸腹部大動脈瘤に対するTEVAR
EVARに使用するステントグラフト
ⓓ 成人先天性心疾患
小学高学年以上に対する心房中隔欠損や心室中隔欠損をはじめとした先天性心疾患にも対応しています。早期社会復帰が可能で、美容面でも効果の高い右小開胸の低侵襲心臓手術(MICS)手術を積極的に採用しています。
ⓔ 末梢血管疾患
閉塞性動脈硬化症をはじめとして血管疾患は増加しており、循環器内科との協力の下でバイパス手術、内膜剥離術を行っております。さらに、急性動脈閉塞、血管外傷などにも、常時対応しております。
実績(2018年)
末梢血管疾患
代表的疾患である閉塞性動脈硬化症に対して、外科手術のみならずバルーン拡張やステントによる血管内治療も多く行っています。急性動脈閉塞や血管外傷に対する手術を含め、2018年は35例の手術を施行しました。
EVT
内膜摘除
ⓕ 低侵襲心臓血管外科手術って何?
~その1:傷の小さな胸骨を切らないでできる心臓手術
低侵襲心臓外科手術とは、英語でMinimally Invasive Cardiac Surgeryと表現され、頭文字をとってMICS(ミックス)手術とよばれます。広い意味では、侵襲(手術に対する生体への負担)の低い心臓血管外科手術全般のことになりますが、MICS手術という場合には胸骨を全て切開しない、傷の小さな心臓血管外科手術のことを指す場合が多いです。
通常の心臓手術では胸骨正中切開といって、胸骨を縦に切開して手術を行います。このため、喉元からみぞおちにかけて約20−30cmの傷が残ります。また切開した胸骨はステンレスの針金で閉じるのですが、まれに針金がゆるんで胸骨がうまく付かなかったり、その部分が感染を起こすこともあります。胸骨が完全にくっつくまで、通常2−3ヶ月くらいは重い物を持ったり、激しい運動(ゴルフ、テニス含む)や車、自転車の運転を控えてもらう必要があります。
これに対して胸骨を全く切らずに右側(冠動脈バイパス術では左)側胸部に小さい傷を加えることで手術をする方法があります。これは、傷が写真のように右の乳頭の下~側胸部にきます。長さも5-7cm前後と小さくなります。特に女性では傷は乳房に隠れるような形になり、美容的にも優れた効果があり、患者様にも好評です。また、このアプローチでは、胸骨を切開する必要がありませんので比較的早期に就労可能となるメリットがあります。対象疾患も僧帽弁、三尖弁疾患や心房中隔欠損症、左房粘液種、大動脈弁疾患と多岐に渡り、また左側に同様の小さい傷を加えることにより、冠動脈バイパス術を行うことも可能です。
このMICS手術は全ての心臓血管外科手術にこのアプローチができるわけではなく、他にも同時に治療が必要な疾患の有無や各個人の血管や肺の状態によってもMICSが可能であるかどうかが異なります。ミックス手術を詳しく知りたい方、手術をご希望の方は是非、気軽にご相談下さい。セカンドオピニオンも受け付けています。
MICSの創部
ⓖ 低侵襲心臓血管外科手術って何?
~その2:カテーテルで行う心大血管治療
生体への体の負担を侵襲と呼び、それをなるべく減らす低侵襲な方法として、近年の心臓血管外科分野においては、カテーテルを用いた低侵襲治療が著しく進歩し、大動脈疾患、大動脈弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症においては、治療選択肢が劇的に変化してきております。
当院は、1993年に本邦初、世界初のステントグラフト手術を導入しており、心血管疾患に対する低侵襲治療の先駆者であり、2012年4月に、低侵襲心血管治療センターが開設となりました。 1998年には、本邦でも初となる手術室に透視装置を据え付けたハイブリッド手術室を整備しております。2005年の透視装置のリニューアルを経て、2018年4月には、ハイブリッド手術室が新たに造設されました。最新のカテーテルを用いた心・大血管治療に、さらに積極的に取り組み、通常の手術が困難と考えられる高齢の患者様や、様々な合併症を有するハイリスクの患者様に対し、出来るだけ負担が少なく、QOL(生活の質)を損なわない、安全かつ確実な治療を心がけています。
2006年に企業製のステントグラフトが保険認可されて以来、大動脈疾患に対するステントグラフト治療は一気に拡大し、現在では、一般的な治療法として浸透してきております。この治療法は脚の付け根に3-5cm程度の切開を加え、足の血管からカテーテルといわれる管を挿入して大動脈瘤の部分に人工血管を留置する方法です。この方法では、大動脈瘤は切除されず残っているわけですが、瘤はステントグラフトにより蓋をされることになり、瘤内の血流が無くなって次第に小さくなる傾向がみられます。また、たとえ瘤が縮小しなくても、拡大を防止できれば破裂の危険性がなくなります。当センターはステントグラフト治療発祥の病院として、豊富な経験値のもと、質の高い治療が提供可能と自負しております。
更に2014年には経カテーテル的大動脈弁移植術(TAVI, Transcatheter Aortic Valve Implantation)も早くから取り入れ、本年4月には累計200例を経験するに至り、抱負な症例経験を元に室の高い治療を提供しております。
また、2019年1月には、重症の僧帽弁閉鎖不全症(MR)に対するカテーテル治療『経皮的僧帽弁接合不全修復システム』(マイトラクリップ)実施施設となりました。器質的MRと機能的MRともに治療可能となっており、第一選択である外科手術のリスクが高い方が対象となり、ハートチームで協議しつつ適切な治療を選択し、ハイブリッド手術室で手術を行っております。
TAVI
Mitraclip
主要疾患
- 大動脈弁狭窄症
- 僧帽弁閉鎖不全症
- 大動脈瘤(胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤、大動脈解離、外傷性大動脈損傷)
- 末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症、急性動脈閉塞、血管外傷、他)
診療実績(2018年)
- 大動脈疾患
胸部大動脈 111例 (うちステントグラフト内挿術 54例)
腹部大動脈/腸骨動脈 99例 (うちステントグラフト内挿術 58例) - 経カテーテル的大動脈弁移植術(TAVI) 57例
お知らせ
- TAVI実施症例 200例に到達しました。(2019年4月)
- ハイブリッド手術室